山小屋遊び

GWは近場で遊びました。

出かけるのも大変、交通渋滞の混雑はきらいだ。などと言い訳を作り、ひたすら金の科からない遊びを研究するのであった。

そうしてGWを過ぎて一週間後・・・今週の11日(金曜)~13日(日曜)にかけて、長野県の山小屋に、遊びと建物修理や布団干しにでかけます。参加人数は約15名予定だ。

今回のメインは、手摺りを階段や曲がり角に取り付けます。次に湿気た布団の日干し。三番目にトイレ・バルコニー周辺の修理計画案の協議等々です。

あとは、山菜採りや恒例の天麩羅争奪大宴会&食事会、賃借農園の確認など。。

そうして、歩いて10分の「八峰の湯」で温泉三昧・・・そうして夜の第二次大宴会へと果てしない酒飲み合戦が・・・・。果たして13日の朝を無事に迎えられるのか否かなのだ。

東京散策ストリート1012

東京散策ストリート1012

(青山通り散策後編)

豊川稲荷神社で商売繁盛と成金祈願(貧困生活改善対策なのだ。:神頼みも信ずれば通じるのだ~。)そんなこんなで、一路赤坂方面へかっ歩の一歩を踏み出すのでありました。(っとさ!!)日本昔話ではありません。土器面足り!ドキメンタリールポ!! どうでもいいかあ~。

赤坂の交差点では、大きな大きなホテルが待っていました。

ホテルオオクラとプリンスホテルです。プリンスホテルは老朽化による解体待ち状態です。いつまでこの風景あるのかと考えると・・・涙がぽろり! (んなわけないじゃ~ん)と一人ボケ・突っ込みをやっちゃいました。これでイイノダ~~。

大きなホテルを左手に見やりながら、ゆるい坂を歩くと右手には民主党本部や民主社会党本部の横をかっ歩するのだ。通り沿いには警備の警察官が暇そうに幾人も立ちんぼしているのだ。(ちゃんと働け警察官、おいらの税金無駄にするな。)と小声で叫んで悪いこともしていないが、早足でその場を切り抜けるのであった。

警備のおまわりさんから無事逃げ延びて、なんだか判らないが安堵する小心者の我輩でありました。右手には国会議事堂がありますが、政治のことは余りわかりませんので割愛しちゃいま~す。

前を見ると皇居です。大きなお堀が青々した草木に水鏡を写しておるでー。なんともホットする風景であります。

ここで余談ですが、歩く歩道の先に20名ほどの人が屯してます。なんだか判らないまま横切ると、突然道端から人が飛び出てきてぶつかりそうに・・・こちとら・・驚きで目が点に・・・なんとロケハン中で、ヤブの中に虫がいたらしく撮影で隠れていたのに飛び出して来たー人の女・・・な・な・なんと人気若手女優の、「長澤まさみ」さんでした。興奮で~す。すっごく顔が小さく色白で、可愛かったです。独り言=「あー知っていたらぶつかって行って抱きついたのになー、避けるんじゃなかたなー。」などとオヤジ根性丸出しの独り言を呪文のように繰リ返すのでした。(でもその場で抱きついていたら・・・ロケハンのスタッフ連中にボコボコにされていた事でしょうね。)

このお堀端は皇居をぐるりと一周する歩道があります。一周5キロあるそうです。近頃ではジョギングブームで男どもに混じり若い女性のジョガーが彩を添えて、まさしく風の如く周回コースを走り抜けております。(オジサンは、女性ジョガーの美しさに見とれるのでありました。鼻の下なが~~くなってます。エロオヤジと言うことなかれ。自然のなりゆきでござります。)と自己弁護してまーす。今回は桜田門方面へは行かず、左に曲がり半蔵門方面へから皇居東御苑を散策します。周回コースのジョガーが多いので、ぶつからないように身を小さくして歩くことにしますが、何処まで小さく出来るのかな!と本人も疑問符多い「小さく」なりいそいそと歩きましょう。

しばらくすると「半蔵門」が右側に見えてきました。

忍びでお馴染「服部半蔵」の名の附いた御門ですが、警備の目があるので、遠距離から一枚パシャ。記録に残しました。少し歩くと桜の名所・千鳥が淵公園で一服する。ここの桜は一部開花してますがほとんどはまだ蕾でした。(このブログ編集完了は桜は満開でしょう。)そうして北の丸公園と武道館を左に見て、皇居東御苑内に入ります。このあたりは江戸城の名残が多く見られ、かなり深いお堀と見事な傾斜ラインで石垣が積まれて栄華を忍ばせておりました。

お堀端の門をくぐると目の前に、天主台(江戸城跡)の礎石が台座になってド~~~ンと迫って来るのだ。いやーこの礎石の上に「江戸城天守閣」がそびえていたのです。礎石の上に上り四方をめぐらして、殿様気分になり申した。カンラカラカラなどと笑ったかどうかは判らないが、当時は高層ビルもなく東京湾や富士山が良く見えたんでしょうな。などと想いは江戸時代へタイムスリップでござる。

                  wikimediより抜粋(下記、天守図)

この石垣の真ん前の広場に、あの有名な「大奥」があったのです。今は芝が敷かれた公園になり都民の憩いのスポットでござりまする~。そんな歴史ある広場でしばし休憩です。

公園の広場から東京駅方向へ、曲がりくねった長い坂を大きな石垣が囲い、谷底を思わせるほどであっとうされます。(坂道の途中には、武士の詰め所が幾つも置かれ、防御体制が忍ばれます。)坂道を下り終わると、大きな門・・・通称:櫓と呼んでいるそうです。

「櫓」っていってもそんじゅそこらの掘っ立て小屋ではないのです。中規模程度のマンションぐらいある巨大な櫓・門なのです。こんだけ大きく頑丈だと江戸城に攻めるのもめんどくさい感じがしませんか!、本丸へ辿り着くにはどんんだけ~~~犠牲者がでるのか解りませんが、徳川家康公の政治力と権力には驚きを隠せないよねー。

大きな櫓をくぐり堀を渡ると、皇居前の広場がどーーーーと広がっている。さすが天主さま(天皇)の門前である。芝や樹木などの管理が行き届いて、ゴミひとつおちていませ~~ん。(ビューチフルーな風景です。)

そんなことあんなこと想いながら「東京丸ビル」右に見て、その丸ビルも数年前に新しくなりすっかり駅前の風景も変わりました。

そして東京駅も現在大正時代の駅舎へのリフレッシュ工事中でしたー。

なかなか重厚感のある駅舎がもうじき観られますよ。まだ工事中で囲いのそとからのベストショット撮影して、今回の「東京散策ストリート1012、青山通り散策後編」かっ歩かっ歩は無事に東京駅に到着しました。あ~~~足がパンパンで~すぅ。

ではでは、皆様またお会いしましょう。アディヨース

東京散策ストリート1012年

 

東京散策ストリート1012

(青山通り散策前編)

つかの間の休日、久し振りに 渋谷駅から東京駅間を散歩する。山の手線内側に254号線沿いに東京駅を目指して、ぶらり・・・てくてくと春の日差しを浴びて歩くのであった。

渋谷駅前から三益坂を登ると右に「青山学院大学」、左に「国連大学」のビルがそそり立つ。

国連大学前の広場では毎週末、青空市場で賑わってます。無農薬野菜や果物、パン、クッキー、ジュースや御米、軽食などいろいろ一日いてもあきないよ市場ですよ。   

さらに歩くと表参道の交差点だ。左に折れると世界のファッション業界をリードする名店がずらりとジョーウィンドーを並べてる。ここいらの風景は、以前にも紹介しているから詳細は掲載しないよ。(青山通り編は、2007年1月の「東京散策ストリート」を参照下さい。)、(表参道・原宿編は、2008年7月の「東京散策ストリート2008」を参照下さい。)

原宿通りを渡りさらに歩を進めると、神宮外苑前の標識が目に飛び込んでくる。右には六本木ヒルズビルとちょっと小ぶりな「東京タワー」の勇姿が望めます。

野球場や国立競技場、ラブビー競技場などスポーツ大好き人間の空間が広がる一帯だ。ここも素通りして、青山一丁目交差点に辿り着くと、右側に世界の「HONDA」ショールムのあるビルが見えます。HONDAのショールームは、モータースポーツファンなら一度は立ち寄る場所だ。最近はレースカーの展示は見られないが、いろんなモーターバイクに触れてとっても楽しい場所のひとつである。

しばらく、モーターサイクルで遊んだら散歩ですね。青山通りに戻り東京方面へかっ歩・・かっ歩なのだ~~~。左手に青山御所、右手にアメリカ大使館を横目にさらにかっ歩・・かっ歩するのだ。

道路沿いの先に、東京銘菓老舗の「とらや」があります。「どら焼き」は東京人には子供の頃から三時のおやつや、お土産に珍重されている銘菓です。(美味いんでっすぅ~~。)

街道を挟んで「とらや」向かいにあるのが、豊川稲荷神社が鎮座しております。

豊川稲荷神社といえば、名奉行「大岡越前守」により創建されたことでも有名ですね。

 東京スポットの紹介文より:江戸時代の名奉行で知られた北町奉行の大岡越前守忠相が、領地三河に古くから伝わる円福山妙厳寺の鎮守・ダ枳尼天を深く崇敬し、忠相の子孫が1828年(文政11)に赤坂一ッ木の下屋敷内にダ枳尼天を勧請したのが赤坂豊川稲荷のはじまりです。
 
 1887年(明治20)に大岡邸が現在の地に移転するとともに移り、妙厳寺が直轄する東京・赤坂豊川稲荷別院となりました。赤坂豊川稲荷は「稲荷」と名が付いていますが神社ではなく、曹洞宗の寺院です。

【融通稲荷】
 融通稲荷には、財宝を生む尊天様が祀られており、真心を込めて信心すると、開運招福、金銀財宝の融通を叶えられるといわれています。
 融通稲荷では黄色の袋に入った「融通金」というお守りがあります。これを財布の中に入れておくとお金に困ることなく、開運招福や金銀財宝の融通が叶えられるとされています。「融通金」は一時的にお借りしているものなので、1年後に礼金として奉納する習わしになっています。

毎年稲荷さまの、この融通金のお世話になってます。おかげさまでこの不景気でもなんとか生活ができるのも、お稲荷様のご利益と感謝しとりまーす。

まだまだ、かっ歩は続くよー、後編・・・編集中でーす。

花暦

 

梅花の香り漂うこの頃、

冬の衣を休ませるのも幾ばくか

猫と添い寝 

日向ぼっこに夢うつつ。

 

 駒沢公園にて撮影

春なのになー!

 

近況報告なのだ。

巷では、梅もほころんだけどね。天候は寒暖を繰り返し風邪も流行してます。なんだか負のスパイラル現象の真っ只中に置かれている感じなのだ。それもこれも、1月から患った痛風の影響で食事が充分に摂取できず、それに輪をかけて歯の治療も重なり、今や4キロの激痩せ贅肉と一緒に体力と筋肉も激減する始末であるのだーーービエ~~~イ。

元々83キロの体重が79キロへ念願の80キロ減を、病のお陰で達成・・・泣き笑いってことでしょうかね。手放しで喜べないのだー。体力・筋力低下は、階段の昇降時や長時間歩き続けることが出来なくなっているのだよ。高架差のある駅ホームまで上がるのも大変ってことだね。息切れ現象なのだ。こんなんでは山登りどころではなく、都会で生き抜くことも我輩においては、超サバイバル状態なのであーる。

そんな危機的体力低下の強化のため、休みには歩く練習をするのだが、痛風(今回は足首や指先に痛みがでました。)症の後遺症で、足首の関節に熱が溜まり、またまた・・・痛みと腫れが逆噴射を起こすのである。難儀出んな~、ボヤキの一つ二つ三つ・・・などと声を荒げて、叫ぶのである。(神様私のどこが至らないのでしょうか!、あれー柄にもなく神頼み・・・なんちゃてね。)体力強化は手探り状態で日進月歩・・・どんだけ~~。

巷では、桜の蕾が見え隠れするのだ。1月超ハードスケジュールにて過労にて病に倒れる。2月、痛風の足を引きずりながら超ハードスケジュールをこなし、月後半同僚の復帰を待って、我が身の心身メンテナンスを強化に励むも成果出ず。3月は、仕事をセーブして体力強化月間と位置づけて、4月初旬には、せめて近郊の高尾山(標高600M程度)にハイキングでもいきたいものだね。(果たして我輩の小さな小さな願望は叶うのでしょうか・・・!!。)

お酒も食事も制限あり、仕事は山積み。などと、現実は厳しいのだが前向きに生きてイ行くぞー。「オー」と気勢を上げてますぅ~。\(^^)/

こんな事、あんな事

とりあえずブログの更新も少ないので、写真もありませんが、こんな1月騒動記など執筆して見ました。(ただの、なさけなかー愚痴話の独り言かもね!)

早くも2月だなー。1月の前半は優雅な生活であったが、1月中旬から雲行きが怪しくなりつつ・・・不安が的中なのだ~。あー予感とか第六感とか好い方に出れば吉なのだがね。やだねーこの世の中、そんな甘いもんじゃありまへ~~~~と誰かが申しておりました。

実は職場の同僚が1月初旬から入院しており、14日中旬に退院する予定が一週間・・・長引いてしまったんよ。どうするの我輩のスケジュールも、がつがつに詰まっており、営業やお客様との調整は・・・あーどうすんーの!!!!なのである。とりあえず一週間分のローテーションの組み替えを敢行するも、人手不足は否めず、スケジュールの穴埋めが出来ない数日が出てくるのだ。(ナーミダ なーみだ 涙のハードスケジュールにと投入してしまった。)

そんな中、我輩もストレスと疲労に挟まれ痛風と云われる「風が吹いても痛い」病気に突入して23日から26日まで倒れて休業、お家で養生なのだ。(哀れ我が身の軟弱さ!)そんなんで、東京地区はあえなく2名の重症患者を抱える、ていたらくの逆スパイラル現象におちいりあえなく撃沈する事になり申したのだー。

会社では大慌てで他地区の社員に緊急応援を依頼、1月後半のスケジュールの穴埋めでてんやわんやの大騒動物語のサブ主人公になってしまったのである。一応、痛い足を引きずりながら、80%の仕事はこなすも20%は応援社員が無事処理してもらい、(あー貰い泣き)なんとも肩身の狭い今日この頃です。

2月に入りまだまだ、足を引きずりながら仕事ですが、せめて穴を開けないよう・・・少ない根性とわずかな努力と微力な忍耐力で仕事に望む覚悟です。(そんな覚悟いらんわい・・・と上司から怒鳴れれそうで、明日が恐いよ~~~~。)

フォロー

Get every new post delivered to your Inbox.